|
|
| エッセイ・・・・・・・“ ふつう ” | ||||||||||||||||
| 「ふつう」 を盾に話を進められると弱ってしまいます。 「ふつう こういう時は○○でしょ!」 とか 「ふつうはどうなんですか?」 等々。 だから自分もふつうを盾に相手を非難したりしない様にしましょう。 と、決めたにもかかわらず口をついて出るふつう。 こんなにも君に頼る癖がついていたとは・・・・・・。 思えば君の守備範囲の広さと即効性に甘えて随分と世話になってきた。 でも君をよく観察してみると、君が住んでいるのは 「世間」 ではなく 実は 「わたしの中」 なんじゃないかと、 そんなふうに思えて、それなら 「ふつうは○○です」 よりも 「わたしは○○と思います」 の方が潔いカナ? などと考えてみたわけです。 隣人のふつうと私のふつうが違うのと同様に 『昨日の私のふつう』 と 『今日の私のふつう』 も又、少し違った顔をしています。 ふつうは変化している様です。 十年前の私と現在の私が味噌汁の塩梅で大喧嘩になるかもしれない・・・・ そんな想像をしてみるのも、おもしろいかもしれません。 |
||||||||||||||||
・・・・・・・・我家を顧みて 「自分も時々いい人になってるナー」 などとしんみりしてしまいました。 同じ屋根の下に暮らす家族でさえそんな調子なのですから、 風土や歴史の異なる外国は、自分の中のふつうが いかに無力であるかを確認出来る場所でもあります。
|
||||||||||||||||
|
合 掌 |
||||||||||||||||
| 原田 裕行 |
||||||||||||||||
![]() 当社謹刻 釈迦一代記欄間(部分) 〜白馬カンタカにまたがり出家されるシッダッタ王子 |
||||||||||||||||
平成10年9月に発行された持地院様寺報「羅漢」に掲載されたものです。 |
||||||||||||||||
|
|
||||||||||||||||
|
||||||||||||||||