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| エッセイ・・・・・・・“ 認める ” |
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何か困難が生じ、焦っていた時の事を振返ってみると、
その時の自分は、呼吸が浅くなり、身体がこわばり、
掃除機のホース いや、もしかするとストローの穴を覗いている様な
視野狭窄に陥っている事があります。
「そんな時は深呼吸を一つ・・・」
分っていても混乱した頭にそんな余裕はなく、
ただ背中にイヤ〜な汗がへばり付くばかりです。
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いろいろな局面において、それにどう向き合うかは人それぞれですが、
ある作家の言う問題解決の四段階とは、
一、状況を観察する。
ニ、その状況を認める。
三、選択肢を考える。
四、それに沿って行動する。
そして、三番目の選択肢をより多く持つ者程 『大人』 である。 と、いうもので、
言われてみればあたりまえの事で、しかも少々 能率至上主義な感もあります。
が、私はそれを聞いて「ナルホド」と納得しました。
自分に一番欠けているのは二番目の「認める」という事だと。
それは 「受け入れる」 とか 「覚悟を決める」 と言い換えても良いかもしれません。
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大工さんが増築を依頼されて、現場を下見する。
お客さんの希望を具現化するにはかなりの困難が予想される。
そこで、その状況を受け入れ「挑戦してみよう」と覚悟を決めた上で、
再度状況観察を行うか否かで、
導き出される選択肢には大きな差が生じるはずです。
仮に客観的に状況を観察する事ができたとして、
そこに何らかの見たくないモノ、触れたくないモノがあった時、
それを勇気を持って正視し、認める事は
とてもエネルギーの要る事だと思います。
直面している問題が大きければ大きい程、
それは困難を極めるはずです。
しかし、それを避けて通れば海に漕ぎ出した舟が
いつの間にか山でジタバタしている・・・などという事になりかねません。
対象を観察して、受け入れ、可能性をあれこれ模索し、
それを繰り返しながら歩を進めてゆく。
これは彫刻に似ている様な気がします。
木を前にして近くから遠くからお話をさせてもらう。
その対話を心に据えてノミを選び、彫り始め、又同じ事を繰り返していく。
どんな話をさせてもらえるのか、何を尊重し、何を認め合う事が出来るかで、
その作品は、出来不出来は別として、
その作者の心を投影するものとなるはずです。
逆を辿れば一つの問題解決のプロセスは、
その個人の今を表しているのかもしれません。
私が好きな酒田市土門拳記念館の、通路の先にあるポカポカ陽の差す一郭に、
氏が大病をなさってから描かれた絵があります。
私がその絵に強く心を動かされるのは、
ご自身の今を認める勇気に満ちているからなのではないかと思います。
そんなタフものに、オズの魔法使いのライオンの様な私は
深い憧れを抱いてしまうのでした。
合 掌
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原田 裕行
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当社謹刻 観音菩薩像 |
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平成10年12月に発行された持地院様寺報「羅漢」に掲載されたものです。
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